20年以上前、友人の父上が広島に旅行に行った際、買ったお弁当の 包装紙に救命丸が載っているのを見て驚き、私にくれたものです。 当時の古い社員にそのいきさつを聞いたのですが、誰も知りませんで した。それならと、このお弁当の会社に電話をして聞いたのですが、こ ちらもわからないとのこと。 なぜ救命丸のパッケージがお弁当の包装紙に載ったのか?ただの思 いつきなのか?赤い鳥居と救命丸のパッケージの組み合わせがあま りにもポップ。もしかしたら、有名な前衛芸術家がデザインしたものだっ たのか?・・・などと長年のナゾでした。 このお弁当の発売元は、宮島のフェリー乗り場のそばに本店がある、 あなごめしで有名な「うえの」さんです。数年前に家内と宮島に行った とき、このお店に寄ったのですが、食堂もお弁当売場も長蛇の列で、 時間がなく断念しました。そのとき家内が目撃したお弁当には、救命 丸の替わりに大学目薬(参天製薬)のパッケージが載ってたそうです。 先日、当社の営業マンが広島に行った際、このお店に寄って社長さん から昔のいきさつを聞いてきました。 大正時代、駅弁の包装紙は広告媒体として使われていて、東京神田 にその印刷を一手に引き受けてる会社があったそうです。そこにうちが 広告を依頼したのでしょう。当時はあなごめしだけでなく、京都の萩乃 家、函館のいかめしなどにも載っていたはずとの事でした。 現在は、大正12年に使われた包装紙の復刻版を使っているとか。 そんな話、初めて聞きました。まさか宣伝媒体として使っていたとは。 長年のナゾが解けてすっきりしました。 でも、いまでも使っていただけるのは大変ありがたいです。 当社の史料館には、実際に使われた包装紙が展示してありますが、 今回新品の包装紙をもらってきたので、入れ替えましょう。 ]]>