地震被害

公開日: 

3月11日の地震の後、工場や実家のことがとても気になってまし たが、東北高速道路や新幹線が不通の上、ガソリン不足でなか なか行くことができませんでした。 地震から5日後、やっと常磐道経由で行けるようになり、給油も できたので(10Lですが・・)行ってくることにしました。 当社工場はそれほど被害がなかったのですが、うちから3キロ東 京寄りにある某自動車工場では、しばらく操業できないくらいの 被害があり、1人が亡くなってます。また、その先の工業団地で も、かなりの被害があったようです。 うちの工場では、天井のボードが落ちたり、棚が倒れたりとすご い状況だったようですが、誰も怪我することもなく、操業にも影響 がないのが奇跡のようです。地盤の硬さの違いもあるのでしょう が、古い建物の方が頑丈なのかもしれまん。 工場に近づくと、途中にある家の塀が倒れています。栃木県は 大谷石の産地で有名ですが、大谷石の塀は鉄筋が入っていな いため、ほとんど全部がバタンと倒れていました。 201103201153000%20%20%20%E5%A1%80.jpg 御料牧場の大谷石の塀も・・・ 201104021240000%20%E7%89%A7%E5%A0%B4%E3%80%80%E5%A1%80.jpg 中には大谷石の蔵が全壊したところもあります。 また、田んぼの中にあるお墓も、ほとんどが倒れていました。 201103171513001%20%20%E5%B4%A9%E5%A3%8A.jpg 住宅も、場所によっては全壊したところや、ヒビが入って住めなく なった家もあるとのこと。瓦屋根の家は5件に1件ほどの割合で 落ち、あちこちでブルーシートが被せてあります。新築直後に屋 根が壊れた気の毒な家も。特に高台の造成地に被害が大きかっ たようで、前記の工場もそういう所にありました。 後日聞いた話しでは、瓦職人が少ない上に瓦の生産が間に合 わず、ついに平和な村に瓦泥棒が発生したとか。 201104021242000%20%20%20%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%82%89.jpg 工場内を見ると、土台や壁に亀裂が入り、聞いていた話よりは 重症のようです。でも、操業に影響はなさそう。 問題は歴史的建造物です。 薬師堂・観音堂 江戸時代にできた薬師堂はほとんど無傷。狛犬は無事でしたが 前にあった2つの灯篭が倒れてます。観音堂は柱と土台が少し ずれてました。 201103171054000%20%20%E8%96%AC%E5%B8%AB%E5%A0%82.jpg 稲荷神社 敷地内に5箇所あるお稲荷神社は無事でしたが、灯篭は全滅で す。 201103171105000%20%20%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E3%81%8A%E7%A8%B2%E8%8D%B7%EF%BC%92.jpg 書院 明治時代の書院は、全体的に少し傾きました。中に入るとそれ が顕著にわかります。内部もヒビが入ったり、土壁が落ちてまし た。あとで建築屋さんに聞くと、上と下の梁が太かったので折れ ずに済んだとのこと。あと、重い瓦屋根でなかったのが幸いした そうです。 %E6%9B%B8%E9%99%A2%EF%BC%91.jpg 蔵 一番ひどいのが江戸時代の土蔵で、ご覧のとおり。期せずして 蔵の構造がわかりましたが、木造の本体の周りに編んだ竹を めぐらせ、土壁で固めてます。防湿、防火の効果があったので しょう。中はほとんど無傷でした。 201103171109000%20%20%E8%94%B5.jpg 灯篭 大小30基以上ある灯篭は、ほとんどが倒れました。みんな南向 きに倒れており、南北に揺れたことが想像できます。巨大な灯篭 が倒れており、そばに人がいたらと思うとゾッとします。 201103191342000%20%20%E7%81%AF%E7%AF%AD%EF%BC%92%20%281%29.jpg %E6%9B%B8%E9%99%A2%E5%89%8D%E5%BA%AD%EF%BC%92.jpg 墓 数年前に建てた先祖代々のお墓と、両親・祖父母のお墓以外は ほとんどが倒れてしまいました。でも、これだけの被害で済んだ のは、ご先祖様が身を挺して守ってくれたからかもしれません。 201103171055000%20%E5%A2%93.jpg うちと近所の被災状況はこんなところです。 その後、食糧やガソリンの不足が深刻化しました。特に車が無く ては生活できないこちらでは、10Lのガソリンを入れるのに5時間 以上も並ぶという異常事態が数週間続きました。 計画停電がありましたが、なぜかうちの周辺だけ真空地帯のよう に停電になりません。これもご先祖様の力?・・・不思議です。 ]]>

ブログ再開しました。 そのとき私は・・・